杉正について(その後レッドを無理矢理巻き込んで)モロクの街中を散策していたブルーレイは案の定、熱中症でダウンした。それを見越してか、喜与美はわざわざハットを用意し、砂漠特有の、分厚くキレイに洗った動物の胃で作られた水筒に水をいっぱい入れて持たせてくれた。
 今現在ブルーレイの所在はモロクの街門からざっと100mほど来た砂漠ど真ん中。
 魔力を練っても上手く水の精霊が反応してくれない。ここは、それだけ水の精霊が枯渇し、逆に火と土の精霊が跋扈していた。暴走してしまえば話は別なのだが……
「ふぅ……」
 今日の課題。フロストダイバで捕まえたペコペコの羽20枚。何とか足元だけを狙ってフロストダイバを飛ばすと、フサフサの羽から羽根を1枚抜く。後は氷が溶けるまでほかっておく。そうすれば又ペコペコは自由の身に戻る。
 何体目かのペコペコの羽根を抜いた後、ヤシの木の陰に入って腰を降ろす。
 何より暑い。
 全く年がら年中春と冬だけを行き来しているようなゲフェンの気温に慣れてしまっている自分にはかなり辛い。水を含んでいる部分とは対照的のコルクで作られた小さな蓋を開けて、タオルに染み込ませる。それを顔の上に置いてゆっくりとヤシの木にもたれかかる。数分そうした後、又立ち上がり羽根の抜けていないペコペコを捜す。
 前方3m先、ペコペコ発見。軽く呪文を唇に乗せる。
(あれ?)
 砂漠のど真ん中に居るはずの自分の上に影。
「どいて~~~!!!」
 誰か、女の子の声がいきなりまるで耳元と言わんばかりの距離で響く。その声を不審に思い、軽く目配せする。が、振り向くのが速いか、砂漠に埋もれるのが速いか。
「ウァウウァウ!」
 ブルーレイは下敷きになりながら、何とか頭だけ上げて、自分を下敷きにした物を見ようとする。だが、それより先に軽い砂丘をジャンプ台にして、砂漠に住んでいる灰色の狼の前足が視界に飛び込んだ。
「フ…フロストダイバ!」

 ――――――――キィン……

 ブルーレイは発動句と共に砂漠を叩く。その手から放たれた魔力は地面を伝い狼の足元から砂を切り裂き狼を飲み込んで、1つの完璧な狼の氷柱を作ってしまった。
「えっと、あのぉ…」
 自分の乗っかったままの同い年くらいの女の子に視線を戻す。
「あ、ご…ごめんなさい!」
 少女はがばっと起き上がると、ブルーレイの横にちょこんと正座する。そして、氷柱に閉じ込められた狼を見て、これまで全速力で走ってきたのか、息はかなり荒い。
「助けてくれて、ありがとうございました」
「ううん、それより大丈夫?」
 ブルーレイは砂を払いながら立ち上がり、倒れた事で飛んでいった喜与美がくれたハットを拾い上げパンパンと同じ様に砂を払うと深く被る。
「はい、だいじょぅ――…」
 立ち上がろうと膝を立てたが、そのまま前のめりに倒れる。
「ほぇ? へ? えっと、君~~?」
 駆け寄って、抱き起こすと、大量の汗が噴出し、体温もかなり高い。
 完全な熱中症の症状だった。
 ブルーレイは水筒の水を惜しみなく持っていたタオルがひたひたになる位かけ、とりあえず頭に乗せる。
「えっと…えっと……」
 きょろきょろと辺りを見回してもここは砂漠のど真ん中、何か有るはずも無い。
 有るとすれば西の方角に見えるモロクの街門くらいか。
 ブルーレイは少女を背負い、ひたすら杉正と喜与美が居る家へ急いだ。

 

 

 悠々とブルーレイが帰ってくるのを待ってお茶を飲みながら、モロクの古い文献に目を通していた杉正は、何かを引きずるような音に顔を上げる。
「スギ先生~~~…」
 その時、ブルーレイの半分力を無くしたような声と共に、扉がバタンと開け放たれた。
「どうした、ブルーレイ?」
 ずるずると家の中に入って来たブルーレイは泣きそうに眉を寄せている。そしてその肩に見慣れない金の髪。杉正はその切羽詰ったような雰囲気に立ち上がり、ブルーレイから少女を受け取ると、急いでベットに運ぶ。
「熱中症か…」
 とにかく冷やさなくてはいけない。オアシスから続くカルデラの井戸から汲める冷たい清水を、たらいに汲んでくるように指示し、杉正は喜与美にウィスを送る。
 ブルーレイも同じ様に熱中症になった事が昨日の今日の出来事とはいえ、この手の土地病のような物は杉正にはてんで分からない。
「うわ!」
 勝手口の外から発せられる短い悲鳴に、杉正は立ち上がり、
「どうした!?」
 井戸の方向に顔を向けると、見事にたらいが氷付けになっていた。
「ご…ごめんなさい。だって…だって、氷って高いんでしょ?」
 杉正は、長くため息をつき、ブルーレイの頭をぽんぽんと叩く。そして、ふっと優しく笑うと、
「その氷を綺麗な部分だけ砕いて別のたらいにいれるんだ」
 その杉正の言葉にブルーレイの顔が輝く。街中で魔法を使う事は禁止されていた。
「はい!」
 ブルーレイは急いで家の中に入ると、別のたらいとナイフを持って氷をたらいに砕き始める。
「杉正さん!?」
 玄関の扉の方から、ガラガラとカートを引いて息を荒くした喜与美が駆け込む。そしてベットの上の少女を見て、傍らに座り込んだ。
「スギ先生!」
 氷水の入ったたらいを抱えてブルーレイは部屋に駆け込む。そのたらいの中の氷水を見て喜与美の瞳が大きくなる。
「後は私が引き受けるわ」
 喜与美はたらいを受け取り、じっと杉正とブルーレイを見つめる。
「あ…すまない」
 杉正はブルーレイの背中を押し、部屋から出ると、パタンと扉を閉める。
 そして顔を見合わせて、渋い面持ちで俯く。飯台の椅子に座って、ただ待つ。彼女の目が覚める事を。

 

 日が傾き、そして落ちる。
 どれだけそうしていただろうか。
 キィっと小さな音を立てて扉が開いた時、ブルーレイは飯台に両手を置いて眠りこけ、杉正はあまりページの進んでいない文献から顔を上げた。喜与美は食器棚からコップを取り出し、水と少量の塩を入れる。
「キヨミさん、あの子起きたの?」
 眠け眼を手で擦りながらブルーレイが顔を上げる。
「ええ」
 にっこりと喜与美は微笑んで、ブルーレイにコップを手渡し、
「持っていってあげて」
 ブルーレイは頷き、塩水の入ったコップを受け取ると、椅子を立ち上がり、パタパタと少女が寝ている部屋に向かう。その背中を見つめ、杉正と喜与美は顔を見合わせて軽く笑い、その後からゆっくりとついていった。
 少女はブルーレイが部屋に入って来たことにまるで気がついていないようにぼーっとしている。
「気分はどう?」
 その声で少女はやっと振り向き、頭に手を置くが何も無い。
 とりあえず助けてくれた事に感謝の意を述べる。そして、
「あの、わたしの眼鏡は…?」
 ブルーレイは部屋の小さなテーブルに丁寧に置かれた眼鏡を取り、少女に渡す。
 少女はその眼鏡を受け取り、眼鏡をかけると度のきつそうなグルグル眼鏡の姿でブルーレイを凝視して。差し出されたコップを受け取り、その後、頭の上に眼鏡を移すと、また、
「何度も何度も助けて頂いて、ありがとうございました」
 と、頭を下げた。
「あなたは1人なの?」
 後から入って来た喜与美が、軽く首をかしげて少女に問い掛ける。
「はい。わたし、シーフになる為にここに来たんです」
 輝く瞳でそう語る少女。
「あら、それなら丁度いいわ。今度レッド君が来たら、案内させましょ」
 と、いつもの微笑をにこにこ笑顔に変えて提案する。
「そうだ、君、なんて名前、幾つなの?」
 少女はきょとんと瞳を大きくして、ブルーレイに向き直る。
「わたしは、エリナ=キュアリスって言います。今年で13ですけど?」
「あ、やっぱり僕と同い年だった♪ 僕はルーイだよ」
 にこにこと笑っているブルーレイの頭に手が置かれる。顔を上げると、高そうな位置に顔が見えた。
「愛称を先に言ってどうする。彼女はきちんと名乗っただろう?」
 ブルーレイはしゅんとする。だが、またぱっと顔を輝かせると、
「僕は、ブルーレイ=シルバー。でも、ルーイでいいよ。でね、この背の高い人がスギ先生。えっとイズモ スギマサ先生。エリナちゃんを看病してくれたのが、そこのお姉さんのアマダ キヨミさん」
 その返答に納得したように、杉正が眼鏡を上げる。それぞれの名前を口に出して言ったのを自分で聞いて、紹介した本人であるブルーレイの顔がはて? っと歪む。
「キヨミさんの弟って、シローちゃん?」
 エリナが持っていた荷物を整理していた喜与美の顔がブルーレイに向けられる。
「志郎を知ってるの?」
 ブルーレイは頷き、杉正に視線を移す。
「ええ、私の妹と時々パーティーを組んでいるようです」
 杉正の言葉に、喜与美はあらっと口に手を当てる。
 その仕草がどこか驚いているようにも見えた。だが、それも誤魔化すように喜与美はさてっと立ち上がると、
「エリナちゃん、ご飯は食べれそう?」
 エリナはただコクンと頷く。
「じゃあ、夕飯とは別におかゆでも作るわね」
「僕も手伝う!」
 喜与美の後を追う様に駆けて行くブルーレイ。部屋には喜与美が整えた荷物を無言で見つめる杉正と、ベットで座っているエリナだけが残る。
「偉そうな事を言うつもりは無いが、君は魔術師やアコライトになった方がいいんじゃないだろうか」
 テーブルに置かれた本を手に取って、諭すように呟く。
「きっと、誰もがそう思うんでしょうね。でも、わたしはシーフになりたいんです」
 強がりの苦笑い。親には何度も言われて来た。でも、他人に言われると、なんだかずしりと重たい。
「お節介だったな。すまなかった」
 杉正は、本をテーブルに戻し、パタンと扉を閉め部屋から出て行く。
 一人になったエリナは頭から眼鏡を下ろし、ベットから望める窓からモロクの街並みを見つめる。
 憧れのこの地にやっと来る事ができた。

 

 

 この世に偶然なんて無い。必然が持つ全ての可能性を秘めたこの地から、私だけの物語が始まるのを信じてる……

 

 

 

 

 

 

fin.