コーラルは集めた木屑に火をつけると、その火が当る範囲に腰をおろす。
 ゆっくりと空を眺めると、星がとても綺麗に輝いていた。
 コーラルは膝を抱え、ゆれる炎をただ見つめる。オレンジの赤の混じった炎は、なんだか悲しかった。
 枕を出し、毛布を被ると、ゆっくりと瞳を閉じる。
 だが、身体は温かいのになぜだかなかなか寝付けなかった。
「――――――ぁ!!」
 静かな夜に、何か別の音が聞こえた。
「?」
 コーラルは辺りを見回して、首をかしげる。そして、耳に全神経を集中させるように瞳を閉じる。
「やああぁぁぁ!」
 今度ははっきりとその声が聞こえる。
「誰か、いる!」
 コーラルはその声からして、何かしらピンチに陥っていると予想して、弓を構え走る。フェイヨンへ行く北の坂とは逆、このまま南に向かえば、キノコしか居ない場所がある。そこには、誰彼構わず襲い掛かる凶暴なポイズンスポアが生息している。誰か、そのポイズンスポアに襲われているのかもしれない。
 少し走ると、辺りにはキノコしかいなくなったことで、ポイズンスポアの生息地に足を踏み入れたことが分かる。
 コーラルは矢と弓を持ち、いつでも射れるように構えたまま走り出す。
「誰かいるの!?」
 コーラルは橋の手前まで来て、叫ぶ。
 真っ暗で視界が悪い。
「!!」
 コーラルは真横から飛び出したポイズンスポア、紫のキノコに向けて、矢を放つ。
「た…助けて!!」
 声は、橋の向こうの小島から聞こえているようだった。
 コーラルは走りながら次の矢を構え、橋を渡る。女の子が1人こんな夜中に頭を抱えて蹲っている。
 コーラルは瞳を擦ると、夜目できかない視界を、狭める事で一点を目指し矢を射った。
 キュゥゥと断末魔のような高い叫びを残して、バタリとキノコは地面に倒れた。
「大丈夫!?」
 コーラルは駆け足で橋を渡り、頭を抱えている少女に手を伸ばす。
 少女は伸ばされた手を見上げるように顔をあげ、瞳をうるうるさせると、そのまま眉を寄せてコーラルにしがみ付いた。
「わああ!」
 いつもは抱きつく側の自分が抱きつかれた事で、ペタンと尻餅をつく。
「え…えっと……」
 コーラルはしがみついてきた少女の顔を覗き込むと、助かった事にほっとしたのか、その格好のまま目を回していた。
「ありゃりゃ、どうしよう…」
 コーラルはあたりをきょろきょろを見回し、もしかしたらこの少女の連れか夜営跡が無いか見てみるが、その形跡はまったくない。ふーっとため息をついて、少女を背負うと、自分が夜営している焚き火まで戻った。
 自分用に用意しいた毛布を、少女にかけてやり、自分はその反対側の焚き火の傍らに腰をおろす。
 そして、膝を抱えた格好のまま、うとうとと瞳を閉じた。

 

 

        ◆◇◆

 

 

「…ふひ?」
 がくっと首がずり落ちた事で目が覚めた。
 焚き火は、その残り火の煙さえなくしてすっかり消えうせている。
(ん?)
 コーラルは座った格好のままだが、その肩の上に毛布が置かれていることに疑問を持って、顔をあげた。
 そこには、焚き火の跡の向こう側にちょこんと正座した昨夜の少女がじっと此方を見詰めていた。
「あ…あの!」
 意気揚揚に、なぜか顔を硬直させて少女は金髪を揺らしながら、地面におでこがついてしまうのではないかという距離まで腰を折って、
「ありがとうございました!」
「毛布かけてくれたの?」
 少女は腰を折ったまま、顔だけ起こして此方を見る。
「ありがと。風邪引く所だった」
 コーラルは少女に笑顔を見せて、毛布をたたむ。
「焚き火も付けといてくれると、嬉しかったんだけどね」
「あぅ。ごめんなさい…」
 シュンと瞳を伏せる少女に、コーラルは悪戯っぽい笑顔を浮かべて、ピンっと、でこピンを食らわせた。
「はう!!」
 少女はおでこを抑えて困惑気味の表情で、コーラルを見つめる。
「あんな所に、あんな時間に、どうして1人で入ったりしたの?」
 キノコの森に迷い込んでいた、小さな迎撃の力もない少女。
「あそこは、冒険者の間でも有名なキノコの森だよ。コーちゃんが居なかったら、君死んでたかもしれないんだよ?」
 少女はぐっと唇と噛んで俯く。
「お家の人、きっと心配してる。早く帰った方がいいよ。コーちゃん、送ってってあげようか?」
 話しながら荷物をまとめ、鞄の口を閉じると少女の顔を覗き込むコーラル。だが、少女は俯いたまま微動だにしない。
 コーラルは首を少しかしげて、そのまま少女の顔をじ~っと見つめる。
 見つめられている事にも半分気が付いていない様な素振りの少女は、ばっと顔を上げると意を決したように、
「あ…あの、モロクってどうやって行くんですか!?」
 ここからモロクまでは大分ある。つい昼頃通り過ぎた分かれ道を左に行って、砂漠を越えなければ成らない。喩え、ここからモロクに最短距離で向かったとしても、砂漠越えはしなくてはならない。
「…モロクに行きたいの?」
 両手の拳をぐっと握り締めてコクンと頷く、そして今度は逆に見つめられる形となったコーラルは人差し指を唇にあてて天を仰ぐ。
「ここからだと、大分遠いなあ」
「そうなんですか?」
 文章知識のみの少女にとって、実際の道のりが何日かかるかなんて全くの未知の出来事たった。
 コーラルは天を仰いだままにやっと笑うと、
「君、名前は? コーちゃんは、コーラルだよ」
「え、あの、エリナです。エリナ=キュアリス…」
「ヨロシクね、エリナちゃん。さて、モロク行こっか♪」
「え……?」
 立ち上がったコーラルに、突然の事で目を白黒させるエリナ。コーラルはそんなエリナの手を引っ張って立たせると、そのまま歩き出す。
「あ…あの!」
「ん~?」
 手を引かれたまま、足を止めることが出来ずに、そのままの形で、
「迷惑じゃないですか?」
「気にしないの~」
 きゃはきゃはと笑顔でずんずん先に進んでいく。
「エリナちゃんは、どうしてモロクに行きたいの?」
 コーラルの質問にエリナは少し躊躇ったように瞳を泳がせると、
「わたし、シーフになりたいんです」
 その言葉にピクッとコーラルの動きが止まる。
「小さい時に、銀の髪のシーフさんに助けてもらったんです。その時は、怖くてお礼も言えなくて、とっても後悔しました。だから、あの人と同じシーフになって、もう一度逢いたいんです」
 エリナは照れたように俯いて、照れ隠しのように笑う。
「…人探しなら、わざわざ同じ職業にならなくても捜せるんじゃない?」
 先ほどまでのように、明るい口調ではない。どこか悲しみを含んだ怒りの口調。
「えと…、ギルド? って言うものに登録されてると、同じギルド内なら情報は共有されるって聞いたんです」
 逆にエリナの口調は明るい。
「だから、シーフになりたいんです」
 コーラルの脳裏に、赤い髪で特徴的な丸いピアスをした男性の顔が過ぎる。彼もシーフと言う職業につき、数年前には一緒に暮らしていた。
 何かを決意したように、自分の夢を誰かに聞いてもらうことが嬉しくてたまらないようなエリナの顔を見て、ふとソリュードの顔を思い出す。
 そういえば、彼女もシーフだった。
「シーフかぁ、なれるといいね」
 コーラルは笑顔を浮かべて、励ましの言葉をかける。
 一瞬エリナの瞳がきょとんと大きくなり、だんだん嬉しそな恥ずかしそうな顔に変わると、
「はい♪」
 と、大きく頷いた。
 コーラルが夜営していた場所から、モロクまでの道のりは途中までプロンテラへ向かうのと一緒だった。
 ペコペコの住処を越え、北へ戻ればプロンテラへ西に進めば砂漠に入る。
 今回は西の砂漠への道に出た。
「この砂漠を真っ直ぐ行けば、直ぐにモロクの門が見えてくるよ」
「は、はい! ありがとうございました」
「そうだ、エリナちゃん、なにか武器持ってる?」
 砂漠に入る前にコーラルは自前の弓を構え、矢筒にちゃんと矢が入っているか確認する。
「ほぇ?」
 本気で?マークを出しているエリナに、コーラルはその背中のリュックを無断で開け、ごそごそと何かないか探し始める。
「………」
 そこには、果物ナイフが1本入っているだけで、他は本だの鉛筆だの、旅にはお決まりの水や乾燥させた食料と、同じレーベルの薬が入っていた。
「…あ、あの?」
 リュックの中を見て、行動が止まってしまったコーラルに恐る恐る声をかけるエリナ。
「エリナちゃん、砂漠をなめてるでしょう?」
 しょうがないな~と小さく呟きながら、自分の荷物をごそごそと探り、一振りの短剣を取り出す。かなり使い込まれたそれは、グリップが少しざらざらとして消えかけた名前の後のような柄があった。
 刃が錆びていない事を確認して、小さなホックがついた鞘に戻す。
「これ、あげる」
 と、エリナに差し出した。
「もらえません!」
「いいの、貰って。シーフになっても使えるはずだから」
 ぐいっと押し付けるようにエリナに短剣を渡す。一般にダガーと言われるそれは、強くはないが、誰でも使えるように造られたような短剣だった。
「あ、砂漠は熱いから帽子とかかぶった方がいいよ」
「本当にありがとうございました」
 エリナは頭が地面につくのではないかと思えるくらい腰を折り、お辞儀をする。
「じゃあね」
 エリナは手渡された短剣の鞘のホックをベルトに引っ掛け、ひらひらと手を振るコーラルの背中を見えなくなるまで、じっと見つめた。そして、その背中が見えなくなると、改めて砂漠に向き直り、ぐっと拳を握って一歩一歩確実に足を進めた。