ポータルの光に入り少し経つと目の前の景色は一変していた。が、真っ先に目に入ったのは空だった。
「………?」
 そしていきなり浮遊感に襲われ、そして一気に重力に縛られたように空が遠くなる。
「うああああぁぁ」
 ―――バシャン!!
 一通り叫んだブルーレイは、次に後頭部から一気に水に激突し、杉正もろともモロクのオアシスの水の中に落ちた。
 その叫びと水しぶきを聞きつけて、わらわらと人がオアシスの周りに集まる。モロクの人々の視線を一気に集めながら、杉正はオアシスの中で首だけ出す形で座り込み、ブルーレイは仰向けに水の上に目を回して浮かぶ。
(……どこにメモをとってるんだ…?)
 こんな空中に放り出されるとは思ってもいなかった。
 水しぶきが収まり、杉正たちの姿が確認できると、なんだ人かとなぜか残念がるような声を漏らして、散り散りになって行く街人。
「あのぉ…、君達大丈夫?」
 そんな中、髪の長い商人の女性が口元に手を当てて1人だけ声をかけてくれた。
 杉正は自分の横で目を回して浮いているブルーレイに今日一番長い溜息を付くと、立ち上がり目を回しているブルーレイを背負いオアシスの端に移動する。そして、女性は杉正の傍らに駆け寄ると、手を伸ばし、
「手伝うわ」
「すいません……」
 女性は袖をめくると、背負われたブルーレイを引き取り、オアシスの辺に寝かせると、杉正に手を伸ばすが、杉正はそれをさりげなく断わって、軽々と水から上がる。
「助けなんて要らなかったかしら?」
 女性は苦笑いを杉正に向ける。
「いえ、助かりました」
 杉正は女性に笑顔を向けると、お世辞でも嬉しいと言う笑顔を杉正に返す。
「うわあ!」
 オアシスの辺に寝かされていたブルーレイが、やけに大きい叫び声を上げて上体をがばっと起こした。
「あ…あれ?」
 ブルーレイは杉正と女性を交互に見て首をかしげる。女性はその姿を見てクスクス笑うと、
「君達、私の家にいらっしゃいな。ここから近いから」
「そこまでお世話になるわけにはいきません」
 と、杉正は懐から一枚のメモを取り出す。だが、それは水に落ちたことでインクが溶けて何が書いてあるのかまるで分からなくなっていた。
「………」
 数秒沈黙が流れ、がくっとうなだれる杉正。
「じゃあ、決まりね」
 女性は今だ疑問符を受かべているブルーレイの手を引いて、にこにこと歩いて行く。
「お、お姉さん?」
喜与美 ( きよみ ) よ。天駄 喜与美」
 ブルーレイを連れて行かれてはついて行くしかない。道すがら色々な人から彼女は声をかけられている。
「どうぞ」
 質素だが、それなりに大きい家の扉を開け、2人を中に入れると、お風呂場に連れて行く。
「タオルと着替えは適当に置いておくから」
 パタンと扉が閉まり、杉正とブルーレイは顔をあわせる。流石に初めてあった人にお世話になりすぎているような気がするが、自分達もびしょ濡れだ。このままの格好でいるのは少々嫌だった。
「喜与美さーん」
 風呂場の方の扉が閉まる音がすると、喜与美は脱衣所から服を取り出し、かわりにタオルと着替えを置く。そして、洗濯物の塊となった杉正たちの服をたらいに入れて、勝手口へと足を向ける途中、ちょっと軽めな男性の声に喜与美は振り返った。
「あら、レッド君」
 窓からひらひらと手を振っている特徴的な丸いピアスをした赤い髪の男性レッド。格好からしてシーフのようだ。
「あれ? それは?」
 明らかに男物の洗濯物の山を指差し、レッドは疑問の声を上げる。そして、不機嫌そうに眉を寄せると、
「浮気は良く無いっすよ。喜与美さん」
「浮気してるのはレッド君でしょう」
「あ痛った。キツイお言葉」
 それでも、笑いあって会話しているので、日常会話らしい。
「キヨミさーん。お風呂ありがと~」
 そんな会話を交わしている内に、ホカホカと湯気を昇らせながらブルーレイと杉正が姿を表す。
「すいません、服まで…」
 明らかに腕や足が短いが、お構いなしに頭を垂れる。
「やっぱり弟の服じゃ小さすぎたみたいね」
 そして、逆にちょっとぶかぶかのブルーレイ。
「君は私の服で丁度良かったみたいね」
 丁度ブルーレイの頭の辺りに目線がある喜与美。そして、ニコニコ顔のまま喜与美は杉正に視線を向けると、
「そう言えば、あの紙何が書いてあったの?」
 杉正は眼鏡を拭き顔を上げてブルーレイの頭に手を乗せると、
「あの紙は、モロクでの私達の滞在先が書いてあったんですよ」
「でも、濡れてインク溶けてたわね」
 彼女は何を言いたいのか。
「行き先が分からないなら、ここに居たらいいわ。部屋だけはたくさんあるから」
「ちょっと待った! 喜与美さん!」
 あらぬ方向から叫び声が上がる。それは、窓に手をかけたレッドの声だった。
「お兄さん誰?」
 ブルーレイの最もな疑問も、レッドはまるで無視して、喜与美に向けて眉を八の字型にゆがめると、
「こんな何処の馬ともしれない男と暮らすなんて危険だ!」
「あら、この方……」
 喜与美は杉正を見て言葉が止まる。
「杉正です。 出雲 ( いずも )   杉正 ( すぎまさ ) 。こっちがブルーレイ」
「ルーイだよ。キヨミさん」
 えへっと笑うブルーレイに笑顔を返す喜与美、そしてレッドに向き直り、
「この杉正さん、ゲフェンの正式な魔導師さんだし。ルーイ君が魔術師だから、ちゃんとした教師よ」
 喜与美の解説にグッと言葉が詰まるレッド。そして、ふっと息を吐いてにやりと笑うと、動揺を隠すように髪をかきあげた。
「まぁ、喜与美さんが決めた事だし…いいさ……」
 明らかに落胆して手を振り街中へ去っていく。喜与美はその窓を見てやれやれと頬に手を当て、ふぅっと息を吐く。
「今のは…?」
「友達のレッド君」
「それは?」
 杉正は喜与美が抱えているたらいを指差し、喜与美はあっと声を上げると勝手口にパタパタとかけて行った。そして、杉正もはっと瞳を大きくする。
(杖が…ない)
 ゲフェンでブライトから受け取ったはずの杖がなくなっている。もしかしたら、あのオアシスに沈んでいるかもしれない。
 杉正は無言で玄関である扉に向かい、その扉を開ける。
「スギ先生、何処行くの?」
「荷物をオアシスに落としたらしくてな。ちょっと捜してくる」
「僕も行く。モロク見てみたい!」
 キラキラと目を輝かせているブルーレイに、今ここで駄目出しをしても後をつけらけるか、迷子になって捜す羽目になりそうである。
 杉正は多少なりとも苦い思いで、ブルーレイの同行を許可すると、オアシスに足を向けた。
「あ、さっきのお兄さんだー」
 オアシスの辺でぼぉっと座り込んでいるレッド。そんなレッドにブルーレイは駆け寄ると、にこっと笑って背中に手を伸ばす。が、手が届く瞬間、いきなり短剣がレッドの首あたりから伸びる。
「うぁ」
 ブルーレイは目を見開いたままペタンと地面に座り込む。
「ん?」
 やっと振り向いたレッドは、自分の後で座り込んでいるブルーレイと悠々と歩いてくる杉正を視界に入れる。
「あ、ごめんごめん」
 レッドは抜いた短剣を鞘にしまう。
「お兄さんお兄さん、モロクって凄いね」
 ペタンと座り込んでいたブルーレイが、いきなりレッドの服を掴み、終始キラキラさせっぱなしの瞳を一直線に向ける。杉正はその横を通り過ぎ、オアシスに手を入れる。
「は?」
「露店がね、いっぱいでね、凄い活気あるね~」
 いきなり何を言い出すんだこのガキは? と言わんばかりで困惑した表情を浮かべるレッド。
「レッド君、ちょっとブルーレイに付き合ってやってくれ」
「はぁ!?」
 レッドは驚きの声をあげ、杉正を見るが、杉正はオアシスに手を入れて、中央のあたりを見つめたままレッドの方には振り返りもしない。
「おいくそガキ…」
「ルーイだよ」
 真ん丸の瞳で、レッドの何気ない悪態も気にしてないらしい。
 レッドは杉正をちらりと見るが、こっちの事にはまるで関与しませんと言わんばかりの状態。
「お前、目でかいくせにその髪型で、目のでかさ強調してるのか?」
 この言葉を口にした瞬間に、ビクっと肩を震わせるレッド。ブルーレイの目にボタ涙が溜まっていた。
「男が泣くな! みっともない」
 レッドの渇が飛ぶ中、杉正はオアシスから手を引っ込める。
(無いな…)
 水の精霊を使って探してみてもオアシスの中に新しい不純物は見当たらなかった。杉正は立ち上がり、誰でも使える風の精霊ウィスを呼び寄せ、ゲフェンにいる銀教授に言葉を飛ばす。一通りウィスに言葉を乗せると、ぐっと口を締める。
 そしてビタッと腰の辺りに青い頭。
「何やってるんだ? 君達は…」
「それを聞きたいのはオレの方だ!!」
 杉正の問いかけに、レッドの叫びがオアシスに木霊した。