貿易港であるアルベルタの港に足を着けると、一番最初に自分と同じ瞳の色、兄と同じ髪の色の女性に抱きしめられた。鼻につくふ わりと懐かしい匂いに、顔が緩む。そっと抱きしめ返すと、懐かしさが胸に広がった。
「ただいま…お母さん」
「おかえり、
	
 母は真の顔を両手で支えるように添えると、その顔をじっくりと見る様に視線が一直線に重なる。
「無事で良かった」
 そして、またぎゅっと抱きしめられた。
「どうして、無事かなんて…?」
 実際過去の亡霊と対決してきたばかりではある。
「あら、知ってて船で帰ってきたんだとばかり思ってたけど」
 母のその言葉でさえも首をかしげる娘に、母はくすっと笑うと、
「今、商人ギルドの交易船が悉く沈没してるって噂、ギルド内では結構有名だったのよ」
「え!?」
 驚きに目を見開いている真に母は尚更苦笑を漏らした。
(だから、先生怒ってたのね…)
 まんまと偶然にも利用されてしまったような気がする。だが、あの船で出会ったキララの性格からしてやらかしそうな出来事だと思った。
「当分ゆっくりしていくんでしょう?」
 そう、にっこりと笑った母の顔を見て、帰る場所があることは幸せだと思ってしまった。此処は何があっても自分を受け入れてくれる場所。その場所に帰ってきただけなのに、今更どうして、誰にも告げずに帰ってきてしまったのか後悔してしまった。
 もしかしたら、ソリュードとかぐりしゅがウチが居ない事にオロオロしてるかもしれない。
 探す事に一生懸命で、ウィスを使う事も忘れている可能性もある。
(あっ……)
 何があったとしても受け入れてくれる場所…信じてくれる人。
 それは決して他人ではありえない絆。
 還る場所がある事がこんなにも恵まれていることだなんて、今まで気が付かなかった。
 母の腕の中で諭すように気が付いてしまった事実に、真は眉を寄せて、母の肩に顔を預けるようにして、服の裾を握り締めた。
 
			 真はここ数日間家と教会を往復するだけの日々を送っていた。
			 家では家業の手伝いをさせられたが、
	
		
				「わたくしの祝詞で一時的に呪いを解くことはできたみたいなのですけれど、それでも当分教会預かりと言う事になりそうですわ」
				 あの日一度家に帰ってから、峠は越えていたものの、やっぱり心配で行った教会でそう言われた。 
				 教会なら安全だし、休養するにはもってこいの場所だろう。 
				 目覚める気配の無い縁の姿に一物の不安を感じながらも、真はいつもの用に花瓶の水を入れ替えると、病室を後にした。そして、そのまま麻魚の居る礼拝堂へと向かう。 
				 麻魚はいつもの用に教会の教壇の前で立っていた。 
				 真は軽く挨拶をすると、教会の長い椅子に腰掛ける。 
				「あのね、麻魚さん。ぐりしゅ…グレイッシュ知ってるかな?」
				「はい。わたくしの後輩ですわ」
				「麻魚さんは傷を癒す時とか祝詞を唱えてるから、あれ? って思ったの。だって、ウチぐりしゅが祝詞唱えてる所見たことなかったから」
				 聖書を置く為の段差に頬杖を付いて、中央の通路に立つ麻魚を見上げる。 
				「………」
				「?」
				 麻魚は口元に手をおき、瞳を泳がせる。 
				「きっと、わたくしとあの子の魔力の違いですわ」
				 と、にっこりと微笑んだ。 
				 聖職者の微笑みはその会話の終わりを告げる。麻魚はそれ以上の事は何も喋ってくれなかった。何を聞いてものらりくらいろとかわされて、釈然としない物を感じながらも、教会から出るとぐっと伸びをした。 
				 澄み切った青空に自然と笑顔がもれる。そして、きっと今頃怒っているであろうソリュードに向けてウィスを送った。 
				 間髪居れずに帰ってきた予想通りの怒りの言葉に、真は何処となく嬉しくなって薄く笑った。
◆◇◆
「で、姉さんは何を知ってたの?」
				 イズルードからアルベルタまでは連絡船、アルベルタからは自家用客船に乗り換えて、南の地へ向かう。 
				 「商人ギルドの定期貨物船の遭難が最近多くてねぇ。そしたら、イズルードの海底神殿の封印が解かれてたってな訳で、まぁ一石二鳥狙ったのさ」
				 キララの言葉にキラリは深いため息を着くと、 
				「もう、それで私達を利用した訳ね」
				「そそ」
				「“そそ”じゃないでしょう! もし、真と麻魚ちゃんに何かあったらどうしたてたの!」
				「まぁ、運命でしょう」
				 あっけらかんと言い放つ姉に、無言のプレッシャーで睨み詰める。 
				「ってのは嘘で、キラリ達がどうにかしてなきゃ、あたしたちは結局死んでたわけだし、倒すか倒さないかの二択しかなかったのさ。それに、もし今回無事だったとしても、麻魚はどうせその内あの沈没船の調査に借り出されてただろうしね」
				 キララはパイプタバコの煙でわっかを作り、ふっと笑う。 
				「じゃあ、海底神殿に封印されていたのが、ドレイクだったって事かしら」
				 考え込むようにしてキラリが頬杖をつく。 
				「違うね。もっと魔力のあるものだ。どうせドレイクはオマケにしか過ぎなかったんだろうよ」
				 あの青年を媒介にして封印を解いた何かがいる。目的は海底神殿の奥にあったもの。 
				「あたし達が色々言ったってせん無きことだよキラリ。司祭一族がどうにかするさ」
				「そうね、私たちには関係のない事ね」
				 二人は空になったカップに紅茶を注ぎなおしてソファに身体を預けた。