古代の遺跡の残りと思われる、崩れた柱…
 その向こうは明らかに水の中の世界だった。いや、水の中の世界のはずだった。
 用心するように柱から少し先を見る。そして、大きく息を吸って湿った地面を蹴った。だが、濡れると思って覚悟して突入したはずの水の中はなぜか空気が通り、まるで服は濡れていなかった。
 そして、辺りに広がる神殿の後。
 この摩訶不思議空間もこの神殿の力がなせる業なのだろうか。天井や左右を見回してみても普通に魚が泳いでいる。かといって自分が息苦しいわけでもなく、浅いものの規則正しく呼吸しいるつもりだ。
 途中でタツノオトシゴのような物に襲われながらも、また神殿のさっきのが入り口なら、こっちは出口とだろうとかってに判断して、その出口から出た。
 出口の先は少し歩くと断崖絶壁になっており、右手に顔を向けると、ゆっくりとした傾斜から建物の入り口らしき物が見えた。その断崖絶壁に立ち、その先を見た。
「ヒュゥ…」
 軽く口笛を鳴らして、目を見張る。その景色一面に広がったのは城……
 城を堪能するようにゆっくりと傾斜を下り、城の中に入る。
 やはり、長い年月が経っている事を物語るように城の装飾は各所風化して、神殿跡にいたような生物の他にも海産生物がいた。
 手に入れた地図に従って中央の、普通ならば王の間。玉座があると思われる部屋に足を踏み入れる。

 やはり、伝説通り、ここは神殿城―――…

 玉座があるはずの場所には、その代わりにプロンテラ教会の紋章と似て非なる紋章が刻まれた岩の扉があり、それは固く閉ざされていた。
「鍵穴はっと……」
 セオリー通りに扉に通常あるはずの鍵穴を捜すが見つからない。だが、押しても引いても扉はビクともしない上に、フェイントの引き戸かと思い、左右に引いてみてもビクリともしなかった。
(やっぱり、封印は魔法で…か……)
 解呪の方法なんてしらないし、自分にこの扉を開く魔力は全く無いが、ここで諦めてはトレジャーハンターの名が無く。手ぶらでは帰れない。
 別の手段を考えようと扉から手を外し、腕を組んで口元に片手を置く。

 ――――扉の紋章を傷付ければいいのさ…

「!!?」
 突然の声に顔を上げ、辺りを見回すが何もいない。
 否、何も居ないと思っていた。
「その扉は、扉自身に刻まれた紋章によって封印されているのよ」
 突然の生身の声と背後の気配に、勢いよく振り向く。
「君は……!?」
 振り向いた自分ににっこりと笑いかけたのは、到底1人ではこんな所までこれそうにない、こげ茶色の髪をポニーテールにしたアコライトの女性だった。
「どうしたの?」
 驚愕に瞳を大きくしている自分を尻目に、清々しいまでににっこり笑顔の女性。
「どうしてこんな所に、アコライトが…?」
 疑問を口にした時、そっと女性の人差し指が唇に触り、つい言葉を止めてしまった。そして、女性は甘美なまでの口調で、
「その扉の向こうにある物…気になるでしょう?」
 と、囁いた。
「ああ……」
 逆らってはいけない。いや、逆らう事ができない。
「さぁ…紋章を傷付けなさい」
 もう、助言でも懇願でもなく命令…
 いつもの様に愛用のグラディウスのグリップを握り、あいた片手を添えて、扉に打ち付ける。カン――と小気味よい音がして刃が少し毀れる音と、扉が少し砕けた音がして、小さな岩の粒が床にこぼれた。
 そして、ゆっくりとグラディウスを斜めに凪ぐ。
 深く抉れた岩から細かいひびがどんどん刻まれていく。
 いつの間にこんなにも強度を得ていたのか分からないくらい簡単に岩の扉の紋章を切断してしまったグラディウスを腰の簡単な鞘に戻す。
 それを合図とするようにゴゴゴゴゴ…と、不気味な音をたて扉は崩れ去った。
「よくやった」
 肩で息をしながら振り返ると、女性は怪しいまでに口の端を吊り上げて笑っていた。
「がは!」
 行き成り手で頭を掴まれ、その指は段々と力を増して締め付けられていく。自分より小さかったはずの女性にどうして頭を掴まれなくてはならないのか。
 そして、女性の何処にそんな力があるのか分からないような細腕で、頭から放り投げられる。
「ぐ……っ」
 上げるべき悲鳴を最小限に抑えて、ゆっくりと瞳を開けると女性は手に何かを持って立っていた。
「愚かなり! 愚かなり人間よ! 自らが施した封印は自らによって開かれた!!」
 女性の声は、もう女性の物ではなくなっていた。
「おまえ…は……?」
 精一杯の声を喉から絞りだす。
「おお、忘れていたよ。愚かな人間よ」
 女性の形を作っていた物は、陽炎のような揺らめきで至極楽しそうに口元を歪めている。
「ふむ…我輩からの褒美を受け取るがいい!!」
 危険。
 最大級の危険信号が頭の中で鳴り響く。
「!!」
 立ち上がろうと上体を上げた瞬間、五指の骨に絡みとられ上体は床に逆戻りした。
 寝そべる形となった頭の上あたりの位置から、海賊の船長のような帽子を被ったしゃれこうべが目の前に伸び、まさに丁度自分が居た位置から立ち上がるようにして、骨が羽織っているボロボロになった紺色のマントは、まるで闇が伸びるようにそこに居た者を飲みこんだ。
「うあああぁ!」
 それは長いようで一瞬の出来事だった。短い悲鳴と共に、この日、この時から人間―― 日出 ( ひで ) ( えにし ) は消え、伝説に残る大海賊の船長―― ドレイク が復活した。

 

◆◇◆

 

 ウチ達はゲフェンで兄さん達を見送った後早々にプロンテラに帰ってきた。
 それでも帰りもピクニック気分で歩いて帰ったために、プロンテラに付いたのは夕方で、そろそろ夕食の時間にささかかるのではないかと言う時間にまでなってしまった。
 ゲフェンでの楽しかった時間や暖かい空気に、どこか一人残されたような寂しさを憶えて、涙が零れそうになった。
 ウチ達は早々に自宅に帰り、それぞれの時を過ごした。だから、誰にも告げずにここにいる。
 ウチは今、イズルードの港に来ていた。

 故郷であるアルベルタまでこのイズルードの港から連絡船が出ている。片道一泊二日の小旅行程度日数でアルベルタに付くのだから徹夜の船員さんはさぞかし大変なんだろうなと思う。
 本日快晴。
 濁る事の無い澄み切
った青に真っ白の雲がのびている。船旅には最適だ。
「アルベルタ行き、出港しまーす!」
 乗船券を水兵さんに渡して、急いで船に乗り込む。半券を頼りに自分の部屋を探す。
 半券には『A等室3号』と書かれていた。
 案内板で大まかに位置を確認し、階段を昇って ( しん ) は自分の部屋の扉を開けた。広くも無く豪華でもないし、簡素なベットではあったがそれでも個室だった。
 適当に持ってきた荷物とお土産を部屋に置き、頭の中でさっき見た案内板の内容を思い出し船上デッキへを向かう。通路から光が漏れ外に出ると、ボーっと言う音と共に、カモメのような鳴き声が海であることを証明していた。
 真は適当な手すりに持たれて潮風に髪を遊ばせる。つんとしていても花につくほど嫌味じゃない塩の香りが鼻をくすぐる。
 キラキラと跳ねる波が綺麗だった。
「うわあ」
 高い少女の声に、真はふと振り向く。デッキをコロコロと転がっていたピンクのハットは、真の横でぶわっと風に遊ばれるように舞い上がる。
 反射的にハットを掴み、その埃をパンパンと払う。
「ありがとねぇ」
 ハットの持ち主と思われる商人の少女は、グレイッシュよりもまた小さかった。
 大きな瞳でピンクの外跳ねの髪がハットに良く似合っている。こう言う子を可愛いと言うのだろうか。
「ほんと助かったよ。これ、あたしのお気に入りでね」
 が、少女の口から発せられる言葉は、どこかおばさん臭い。
「い…いえ」
 一瞬面食らっておざなりな返事を返す。
「お嬢ちゃん名前は? なんかお礼しなきゃ」
 たかだかハットを拾ったくらいでお礼などと言われるとは思わなかった。いや、自分より年下と思われる少女に『お嬢ちゃん』呼ばわりされてしまった事実が悲しい。
「お嬢ちゃんって…明らかに、あなたの方が年下でしょ?」
「ぶ」
 目の前の少女は真の言葉に両頬を膨らまして口に手を当て笑い出す。当の真は訳が分からずに目を丸くする。
「ごめんごめん、あたしはこれでも2―――」
「姉さん!」
 少女の言葉をかき消すようにかん高い女性の声が響く。一瞬顔を上げると、プロンテラ騎士団の騎士達の様な姿だが、どこか違和感のある格好の女性が立っていた。だが、そんな女性に「姉さん」と呼ばせるほど此方にそんな歳のとった女性はいないので、直ぐ視線を目の前の少女に戻すが、視線を戻した先の少女は両手で耳を抑え、バツが悪そうに苦笑いを浮かべていた。
「姉さん! あまり出歩かないでって言ったでしょう?」
 かん高い叫び声を上げた女性は、少女に近づくと、肩から息をして怒っていた。
「あーあー煩いよキラリ。折角の久しぶりの船旅。楽しまなきゃ損だろう?」
2人の会話に茫然と立ち尽くすしかない真。なぜ女性は少女を姉と呼んでいる?
 触らぬ神に崇りなし。そっとその場を立ち去ろうかと思った矢先。少女の方が真の影に逃げ込んで、本当の少女のようにベーっと下を出した。
 ギロリと女性の視線が真に向く。
 その顔を見て、真の瞳が徐々に大きくなっていき、自然と口が感歎の心情でポカンと開く。が、真を睨んでいた女性の瞳も一瞬大きくなると、その顔から一気に怒りが吹き飛んだ。
「真!?」
「せ…先生!」
 家を飛び出して通いだした剣士になるための修練場で、真の教師を務めていた騎士。彼女のおかげか真の執念かは分からないが、真は1年という短い期間で剣士協会に名を連ねる事が出来た。
「誰?」
 今度は真の影に隠れた少女が疑問を顔に浮かべる。女性は満面の笑みでうんうんと首を振る。だが、それを打ち破るように、
「私が教師をしていた時の生徒さんよ」
「ふーん」
 と、つっけんどんな言葉を吐く少女。
「ごめんなさいね、真。今貴女の影に隠れてるの私の姉で、キララと言うの」
 和やかな雰囲気にやっと安全になったと確信した少女は真の影から出てくると、
「改めて、あたしは 希楽 ( きら ) キララ 。これでも28よん」
 最後だけ容姿に有った口調で可愛らしくにこりと笑う。
「2…!!?」
 絶句。
 自分より年上だったとは……
 それを見て苦笑のキラリ。
「さあ、気は済んだでしょ? 部屋に戻りましょう。姉さん」
「気が済む? それを決めるのはキラリじゃなくてあたしだろう?」
 フンとそっぽを向いたキララに、再度「姉さん!」と怒りの声を上げるキラリ。だがそれを全く無視してキララは真に向き直ると、
「お礼をしなくちゃねぇ」
 にぃ~っこり笑うキララに、ひくっと口の端が引きつる。
 何か…ありそうだ。
「ついといで」
 先を行くキララの後について階段を上がる。自分の部屋がある階よりまた1つ上の階にキララ達の部屋はあった。
 『S等室』とだけかかれた扉を開け、適当なソファに座るように促され、肩身が狭いような気分に陥りながら素直に腰掛ける。部屋の中は自分の部屋と比べ物にならないくらい豪華だった。さすが商人の船旅か。
 たくさんの花で装飾されたカートの、一塊の荷物の中から一振りのカタナを取り出した。
 キララはその刀の鞘を抜くと、刃から微かに炎のようなオレンジが立ち上る。
「ほれ」
 カチンと鞘に刃を戻すと、視線を向けることもせずに真に向けて投げる。弓形の弧を描くように飛んできたカタナを両手で受け止めて、ふぅっと息を吐く。
 視線をキララに向けると、まだ荷物をごそごそとさせていた。
 よいしょっと腰に手をいて立ち上がると、肩をぽんぽんと叩く。そいて真に振り向き、にっと力強く笑うと、
「そのカタナ貰っておくれ。使い古しで悪いけど、精錬が終わってるのそれだけなんだよ」
 クツクツと笑いながらホルグレンは信用できないからねぇと小さく付け加える。
 カタナと言えば、剣士にとってほぼ最初に持つであろう初期的な装備。それをあげると言われてもあまり嬉しくないが、キララのこの顔を見る限りなにか特別なのかもしれない。無言のままでカタナを鞘から取り出す。
 その瞬間カタナの刃からオレンジの靄が立ち上る。
「!!」
 身を引いて驚きにカタナを落としそうになるが、ゆっくりとその刃を見直してみると、ゆらゆらと小さな炎が刃に纏わりついているのだと分かった。
「もしかして属性武器は初めて見たのかい?」
 属性武器……
 今ではあまり残っていない技術で作られた武器だと聞いた事は、ある。
「そりゃ、珍しい物ではあるかもしれないが、完全に無くなったわけじゃないんだよ。受け継ぐ人間が減っただけで」
 キララは荷物の山から真のところまで戻ってくると、ニカっと笑う。このキララの言う事が本当だったら、これはかなり高価な物と言う事になる。
 真は慌てて刃を鞘に戻すと、両手に乗せ、
「こんな高価な物貰えません!」
 真は少し大きな声を出して、まるで驚くような口調になる。
「ん? もしかして両手剣使えない?」
「使えます…けど」
「なら決まり」
 ファイヤーカタナを差し出している真の横をすり抜けて、キララはこの部屋の主でありながらも真を残して去っていく。
(第一仕事…完了)
 パタンと閉じた扉の音を背中に聞いて、キララは軽く口を弓張り月の形にして薄く笑った。
「キララさん!」
 真がキララの後を追って勢いよく扉を開くが、そこにもうキララの姿はなかった。
 階段の踊り場に立っていたキラリの姿を見つけ、キララは軽い足取りで階段を降りる。小さな子供特有のトントンとした足取りの可愛らしい下り方だが、中身はこれでも28だ。
「やっほ。大根や・く・しゃ♪」
「私は嫌だって言ったじゃない!」
 顔を真っ赤にして叫ぶキラリ。
「先生!?」
 その叫びが場所を教える格好の目印になってしまったらしく、真が階段の上から顔を出す。
「これ……」
 頑なにカタナを返そうと言葉を紡ごうとした瞬間、白いフィルターがかかったように目の前の視界が薄れる。
「……霧?」
 真とキララ達の間にできた霧に、眉を寄せて呟くキララ。
 不機嫌丸出しに呟いたキララの足元がもつれ、倒れ掛かる。
「姉さん?」  反射的にキララを抱えた瞬間キラリもがくっと膝をつき、謎の眠気に襲われる。
(…何……?)
 腕の中で薄い吐息を漏らしている姉を見ながら、キラリは閉じてしまいそうな瞳を力いっぱい押し上げるが、眉間に皺がよるばかりで一向に眠気は治まらない。それどころか視界が薄れるほどの眠気に襲われる。
 それは同じ様に階上の真にも起こっていた。真は階段に腰をおろす形で倒れこみ、カタナを杖代わりにして必至に階下のキララ達を確認しようと顔を上げる。最後に見た光景はキララを守るようにして踊り場に倒れているキラリの姿だった。