結局他の部屋には何もなく、あの中央の群生ヒドラの先以外行く所がなくなる。
 仕方なく最初の中央の部屋に戻ると、キラリはげんなりとした顔でゆらりと群生ヒドラに近づく。
「先生?」
 その行動に ( しん ) 麻魚 ( まな ) も瞳をおおきくしたが、
「はぁ!」
 掛け声と共に、多段階広域ヒットのバッシュを繰り出しつつその一言で全てが終わっている事に、今更ながら感嘆の声を上げるしかなかった。
 ヒドラの向こうの最奥の扉を開けると、その奥で一人の男性が椅子に座っていた。
「あなたは!?」
 格好はタキシードにオペラの仮面。
 それは、真が見たあの幻の中の男性……
「知り合い?」
 あまりにも場違いな格好にキラリは眉を寄せる。その後で麻魚は男性を見据えたまま、ぐっと唇を噛む。
「以外に…遅かったな……」
 やはり、聞き覚えのある声。
 男性は立ち上がり椅子から一歩真達に近づく。そして、付けていたオペラ仮面にゆっくりと手を伸ばし、その仮面を取る。
(え……?)
 一瞬真のよく知っている人の、泣きそうな悲しい顔が見えた気がした。
 仮面の下から顔が覗いた瞬間、男性に向けて瘴気が集まっていく。濃紺の霧に全身を包まれ、霧自体が形を取り始める。
 霧は大きな特徴的な帽子を被り、紺のマントを羽織った片足の男性のような格好で、もともとのタキシードの男性よりもまた大きい。
『久々のシャバに久々の食事、邪魔しないで貰おうか』
 先ほどまでの真にどこか聞き覚えのあった声とは違う、どこかくぐもってしゃがれた男性の声が部屋中に響く。
「ドレイク……」
 麻魚の警戒した呟きがやけに大きく部屋に反響して、真とキラリの耳にも入る。
『おうともよ。俺はドレイクだぁ』
 かっかっかと笑う帽子の下の顔はしゃれこうべ。全く肉の着いていない骨は上顎と下顎がかみ合うたびにカチカチと鳴る。
『そうだなぁ、俺の部下も幻も効かない奴を生かしておくのも癪に触る』
 自分を構成し、なおかつ部屋全体に広がる黒い空気にを凝縮したようなレイピアを構え、大きく窪んだ瞳の後の奥が光を放つ。
 その光にゴクっと唾を飲み込み、大剣の柄に手をかけるキラリ。真も使い慣れたツルギを構え、麻魚は聖水の小ビンを取り出し、祝詞を唱えた。
 不意を突かれる様に突き出されたレイピアを、キラリは聖属性が加わり銀色の軌跡を描く自らの剣で受け止める。以外に重い一撃にキラリは眉を寄せた。ドレイクにとってはレイピアの部類の武器も、自分にとってみれば斧の一撃に近い。
「はあぁぁあ!!」
 それを、力任せに横に薙いで、隙の出来た脇に切りかかる。
 PT戦にかけては多少慣れている真は、多勢に無勢であろうとも、その勝手を熟知しているため、ドレイクがキラリに目を取られている隙に後に回りこみ、軽く壁を蹴って跳躍すると同時に真もツルギを振り下ろした。
 麻魚は自分が支援にかけては他のプリーストよりも劣る事実に唇を噛締めたが、もし此処で傷を癒す事の出来る自分が倒れてしまったら、回復用のポーションを何も持ってなさそうな二人が傷付いた時、手遅れになってしまいそうな事実に、参戦を足踏みしていた。
『小賢しい!』
 相手も、昔は荒れ狂う海をすべていた海賊。それくらいの攻撃が簡単に通るほど弱い敵ではない。
「きゃぁ」
 全身から噴出した瘴気で壁に吹き飛ばされる。軽い装備の真は簡単に飛ばされてしまった。
「く」
 唯一全身鎧と言う重たい装備のキラリは、膝に力を入れることでその場に留まる。
 真はがばっと起き上がると、奥歯を噛締めてまたツルギを構え切りかかった。
 その後、真とキラリが同時に切りかかるが、金属同士がぶつかり合う音が響き、一進一退の攻防が続く。
(通常時じゃ辛いわね…)
 ドレイクの攻撃はその軌跡を目で追うのがやっとと言うくらい速い。だが、目で追う事が出来る範囲内の攻撃のおかげでまだ奴が本気になっていない気がしてキラリは冷や汗を流した。
 何か技を出させてもらえるほどドレイクの攻撃は甘くは無かった。今この現状を維持するだけで精一杯の状況が歯痒い。
「真、離れて!!」
 ドレイクが大きくレイピアを抱えている手を振り上げた。
 骸骨がにやりと笑った気がした。
(……?)
 食らえば致命傷級の大技を繰り出しそうな雰囲気に警戒したキラリだったが、ドレイクは振り上げた手のままピタリと行動が止まり、カタカタと骨の口を動かして、ドレイクとは違う若い男性の声をもらした。
「し…ん……?」
「え……?」
 ドレイクの口から発せられた自分の名前に、真は驚きに目を見開き、困惑する。
 骸骨の手から瘴気の塊で出来たレイピアが消えうせ、その手を自分の頭を覆うようにしてよろめく。
「どうしてウチの名前知ってるの!?」
 ドレイクの前で名乗りあった覚えなどない。
「どう言う事…ですの?」
 麻魚は口元に手を当て、一人呟いた疑問に誰も答えられる者はいなかった。
その後ガクンと頭を抑えていた腕を垂らすと、消えたはずのレイピアが手に復活していた。
「どうして!?」
 真はドレイクに向けて叫ぶ。
 だが、当のドレイクはその肉ない顔を不機嫌とも言えるような表情に歪めると、煩いとばかりにレイピアを振り下ろす。
『んっ…!?』
 だが、振り下ろそうとしたレイピアも真の目の前ギリギリでその動きを止め、傍目にも分かるように震えていた。
「にげ…ろ………逃げろぉ!」
 ドレイクの全身口から放たれる言葉に、我を取り戻したように転がるように横に避けると、間髪居れずに壁を突き破るようにしてレイピアが振り下ろされた。
『存外に我が強いみたいだな、こいつは…』
 ゆっくりと壁に刺さったレイピアを外して感心したように言葉を漏らす。
「答えて!!」
 取り乱し、突っ込んでいこうとした真を麻魚とキラリが止める。
『なんだ小娘。これの知り合いか?』
 海賊の紺の帽子から覗く顔が、骸骨から人の顔に変わる。
「!!」
 海賊の帽子の下から現れた男性の顔に、真はぐっと息を飲み、拳を握り締める。
 ドレイクの格好をしたその顔は、真にとってよく見知った人物―― 日出 ( ひで ) ( えにし ) だった。
「どう…して…?」
 どうして彼がドレイクの格好をしているの?
『簡単な事だな小娘。俺が復活する為の贄にされたってだけだ』
 両手を広げて縁の顔で飄々と言ってのけるドレイク。
『昔は腐った身体しかなかったが、今は立派な肉体もあることだし、この顔の方がもてるかな?』
 縁を取り込んだドレイクをこのまま倒してしまったら、一緒に縁も死んでしまうのだろうか。でも、ここでドレイクを倒さないと、自分が乗っていた連絡船の乗員も乗客も全員死んでしまう。
 迷っては居られないのだ。
「日出さんを返せぇ!!」
 真はツルギを構え、走り込む。
 懐に飛び込むと、ツルギを左から弧を描くように真横に切り込んだ。だが、ドレイクはその背中を軽くそらせると、その切っ先は当ることなく空を切った。
 ドレイクは反らせた背中を元に戻すとにぃっと笑った。
「危ない!」
「!!?」
 無防備になった腹部目掛けてレイピアが突き出される。
ダンッ!!
「かはっ…」
 受身の態勢をとるまでも無く、狭い部屋の壁へ簡単に弾き飛ばされる。もう、この壁に背中を預けたのも何回目になるか。
「真さん!」
「真!」
 ずるりと、壁から床へと体がずれ落ちる。腹部に感じる痺れと喉を塞ぐ圧迫感。
「ごふ!」
 ゴボッと口から吐き出された血が床を染める。真は壁からゆっくりと床に倒れこんだ。
「日出…さ…ん……」
 ぐっと唇をかんで、なんとか状態を起こそうと顔だけをドレイクに向ける。だが、その視界も段々薄れていった。
「おお天使ゼタルよ 其は光の温情 運命を振り下ろす鉾鎚 …リザレクション!」
 麻魚は駆け足で真の傍らに膝をつくと、真の上で両手をかざし、一心に最高位の治療の祝詞を唱える。その後立て続けにヒールを唱え、真の傷を消していった。
 徐々に、痛みを通り越して麻痺していた腹部の痺れも、壁にぶつかった背中の痛みも薄れて、飛ばしそうになっていた意識も覚醒する。
「良かった…」
 麻魚は口元を抑え、床に手をつき瞳に涙を溜める。
「…そんなに、酷い傷でした?」
 真はゆっくりと起き上がり、飛びかけた意識の端で聞いたリザレクションの詠唱に申し訳なさから苦笑をもらす。
 口の中に鉄分の独特の味がまだ残っていたが、乱暴に口元を拭うと真はまたツルギを持って立ち上がった。
「日出さん! 聞こえてる?」
 鈍い金属音を響かせて対峙するキラリとドレイクに割って入るようにツルギを振りあげて叫んだ。その瞬間、一瞬だがドレイクの矛先が鈍る。
「日出さんはそんな奴に負けるような人じゃないでしょ!?」
 真はただ叫ぶように呼びかけながら、ただドレイクのレイピアを受けとめる。だが、力自慢とは言っても、過去海域を荒らしていた海賊の船長の亡霊に勝てるはずもなく、レイピアを受け止めるたびに腕が痺れた。
「うっ…」
 一際大きい剣戟に真は顔をしかめる。腕が痺れて動かなかった。それでも、ドレイクは攻撃を止めない。
「日出さん!!」
 今度こそもう駄目だと思った。
 だが、耳を貫くような音が大きく響き、大剣を構えドレイクのレイピアを受け止めたキラリはそっと振り向き、優しく微笑んだ。
「大丈夫よ」
 ドレイクに向き直ったキラリは、きりっと眉を吊り上げ大剣を横に薙ぐ。
「真の声はちゃんと届いてる」
 レイピアは弾き飛ばされるように消え、大きな骨の手で骸骨の頭を抱えて震えるように蹲る。
「出て行け…オレの中から、出て行けぇ!」
 その叫び声が部屋に響いた瞬間、ドレイクを形作っていた影が薄くなる。その影の中で頭を抱えている男性…
「日出さん!」
 そっと、手を伸ばす。
「しん……うあああぁぁぁ!!」
「日出さん!」
 安堵の表情を浮かべたのも束の間、縁に纏わり着いていた影は、逆らった媒体に対して報復をする様に彼を締め上げる。
「ブレッシング!」
 麻魚は縁の身体に戻ろうとしていたドレイクを引き剥がすように、呪いを解く力を持った天使の祝詞を唱える。
『ぐっ!』
 祝福の光を受けた縁から弾き飛ばされるように、ドレイクの影は完全に縁から離れた。
「日出さん!」
 そのまま倒れ掛かる縁を支えるように真は両手を広げる。受け止めた縁は、紫色に染まった唇に、冷たい体温。このまま死んでしまうような気がして真は泣きそうな気持ちを抑えて麻魚を見た。
「大丈夫です。真さん」
 縁を支えながら床に座り込んだ真に、麻魚は青い石を取り出し、胸の前で手を組むと、
「おお天使ゼタルよ 其は光の温情 運命を振り下ろす鉾鎚 …リザレクション!」
 色を失っていた顔に、ほんのりと赤味が戻る。薄くだが吐息が規則的に繰り返され、峠を越えたことを意味していた。
「ありがとう…麻魚さん…ありがとう!」
 縁の魂が肉体に残っている状態だったからこそ、蘇生の祝詞は上手く行った。もし、完全に肉体から魂が離れてしまっていたら、二度と生き返らせる事は出来ない。手遅れにならなかった事に麻魚はほっと息を吐く。
 生命と取り留めた縁にうな垂れかかる様にして泣き崩れる真に、麻魚は優しく微笑み、ばっと立ち上がる。
 立ち上がった麻魚は影となったドレイクに完全に激昂した瞳で、鈍器を握り締めると一歩近づいた。
「人を取り込むなど許せません!! わたくしは、貴方を浄化してみせますわ!」
 懐から聖水の小ビンを取り出し、祈りの失われた自分の鈍器に向けて祝詞を唱える。
「アスペルシオ!」
 麻魚の祝詞と共に、誰もが使っているただの鈍器が聖なる色と言われる銀色に輝き、それに加え、速度増加やインポシティオマヌス等の自己身体能力と一時的に飛躍させる祝詞を唱える事で、銀色の鈍器はまるで線を作るかのように軌跡を残してドレイクを殴りつけた。
 有利と思われた麻魚の攻撃も、ドレイクと麻魚では決定的な違いがあった。
「麻魚ちゃんだけじゃ無理よ!」
 それは今までの攻防で証明されている。
 今まで静観していたキラリだったが、麻魚が動いた事でこの戦いが終わっていない事に気づくと、軽く床を蹴った。
 キラリは立ち上がり、腰の鞘から愛用の大剣を抜くと、薄くゆっくりと息を吐く。
 ――ツーハンドクイッケン
 通常よりも素早い動きで剣を扱える騎士の技。それは通常でそう呼ばれていた。
  聖職者 ( プリースト ) 魔術師 ( マジシャン ) のように祝詞や呪文を必要とない一般に戦闘職と呼ばれる者たちの技は、自分の精神力次第で技を繰り出せる。自分への渇を入れるために、一般的な総称で気持ちを切り替える者も居れば、まったくの無言で技を発動させる者も居る。
 キラリは後者だった。
 麻魚の対処をしているドレイクの後ろに回りこみ、剣を振り下ろす。
『ぐっ…』
 いきなりの奇襲攻撃は流石のドレイクも顔を歪めた。
『騎士のくせに卑怯だな…』
「時と場合って言葉、知ってるかしら?」
 剣を凪ぐスピードは緩めずに、にやりと笑うキラリ。キラリの参戦の余裕の出来た麻魚は、
「アスペルシオ! 速度増加! ブレッシング!」
 頭の上で天使達が次々と祝福を降らせる。キラリは視線でありがとうの意を示すと、またドレイクに切りかかる。
 避けるでもなく、防御することもせず、全ての攻撃を全てくらい、ドレイクの足場がもつれる。だが、ドレイクも手のレイピアをキラリに向けて突き出した。肉体を失いただの亡霊となってしまったくせに、その威力は全く変わっていない。
 キラリは口の中に鉄の味を感じながら、ぎりっと奥歯を噛締める。
 麻魚はまた青い石を取り出すと、
「おお天使ガブリエルよ 其は天上の歌 祝福されし眠りの褥 …サンクチェアリ!」
 ドレイクとキラリが両方とも入るように足元に魔方陣が浮かび、その領域をしますかのような天使が舞い降りる。天使が作り出した白い光を放つその領域は、キラリの傷をみるみると癒していき、逆にドレイクは悲鳴を上げる。
『おのれぇ!』
 ドレイクはその位置からレイピアを麻魚目掛けて突き出した。
「!!」
 即席の聖域を作り出した麻魚が顔を上げると、目の前に瘴気で出来た黒いレイピアが迫っていた。
 ガードするように両手で顔と胸辺りを覆う。
 そして、その格好のままドレイクは麻魚を突き飛ばした。
 ガンッ!
 壁に勢いよく当る音がした。
「かはっ……」
 口を切ったのか内臓が破れたのかはまだ分からないが、麻魚は咳き込み血を吐き出す。
「麻魚さん!」
 縁の部屋の壁に預けるようにして寝かせると、真は音の方に顔を向け、壁に背中を預けている麻魚に駆け寄った。
「だい…じょうぶ、です」
 麻魚はそれでも微笑みを真に向ける。
「…ヒール!」
 麻魚の傷はみるみる内に消え、顔にも色が戻る。だが、傷が癒えただけで、体力が戻っているような節はない。
「真さん、わたくしが必ず彼を浄化してみせますわ。だから、彼に着いていてあげて下さい……」
 失敗するかもしれない。今はそんな事を考えている余裕はない。
「余所見してる暇ないんじゃないかしら」
 聖域を発動させた麻魚に気を取られ、完全にがら空きになった背中に大剣が振り下ろされる。
『くそ…』
 振り返ったドレイクの窪んだ瞳に、不適に笑うキラリの顔が映る。
 ドレイクの注意が自分も戻ると、キラリは構えていた大剣を降ろし、ゆっくりと息を吐いた。
『諦めか!?』
 不適に笑った意味は汲み取れず、まるで無防備のその行動にドレイクは嘲笑する。
 力いっぱい引いたレイピアを突き出した瞬間。

――――オートカウンター

 キィンとキラリの大剣はレイピアを弾き、倍の一撃を加える。
 目線を鋭くしたキラリに、一瞬何が起きたのか理解できなかったが、肩口に感じる痛みにドレイクはぐっと息を飲む。
 そして、彼女は先ほどの無防備な体制のままで立っている。
 ドレイクはまたレイピアでその懐に飛び込むが、今度は背中に激しい痛みを覚えた。
「おお天使パラキエルよ 其は力の天秤…レックスエーテルナ!」
 ドレイクの上で振り下ろされた天使の剣は、自分自身がキラリに攻撃を繰り出した瞬間、そのキラリの手によって倍になって自らの身体を蝕んだ。
 全く息の上がっていないキラリに対して、ドレイクの方は片足から順にその形を失っていく。
 まだ、体力の戻らない麻魚だったが、壁に背中を預けるようにして、手を組む。
「おお天使アフよ」
 完全に我を忘れてただ殴りかかるだけのドレイクは、簡単に扱いやすい。キラリは徐に大剣を構えた。
「其は沈黙の裁き 微笑みの使途」
 部屋中に広がった魔方陣は、ゆっくりと青白い光を放つ。
「バッシュ!」
 久しく使う1対1専用の剣士の技にキラリは懐かしさを覚える。
「平生を見守る腕…マグヌスエクソシズム!」
 完全に弱っているドレイクに向けて、天を突きぬけ神の十字架が降り注ぐ。
『ぐああぁぁぁああ!!』
 実体を完全にもったままのドレイクだったなら、この祝詞は殆ど意味をなさなかっただろう。だが、力を殺がれた今ならば自分の魔力の足りない伏魔の祝詞でも充分効き目がある。
 効果は目に見えて明らかだった。
 ただ、十字架に貫かれるドレイクを、唇を噛締め見下ろすキラリ。光を失った部屋で小さく拳大に黒く残った影に愛用の大剣を振り下ろす。
 そして、最後の十字架が降り注いだ瞬間、背を壁に預けていた麻魚が前のめりに倒れた。
「麻魚さん!?」
 縁に続いて、真は倒れ掛かる麻魚を支えると、ゆっくりと床に腰を降ろす。
「大丈夫ですわ…。少し疲れただけ……」
 完全に肩で息をしている麻魚が大丈夫な様には見えない。
「船に帰りましょう」
 大剣を鞘にしまったキラリは、床に預けてある縁を軽々と肩に担ぐと、
「この男の子、私が運ぶから、真は麻魚ちゃんの事お願いね」
 一瞬、ポカンとその光景に口をあんぐり開ける。が、直ぐに我を取り戻すと、真は麻魚を支えるようにして外に向けて歩き出す。
 階段から覗く太陽の光に瞳を細めた。
「おかえり」
 乗り上げていた連絡船を背景にして、壊れた船の上に満面の笑みで立つキララ。
 だが、そんなキララの姿を見つけたキラリは盛大な溜息を吐いて、
「もぉ、姉さん起きてたんでしょう? まったく…」
 キララはにっこり笑うと、げんなりとそんな言葉を吐くキラリの横をすり抜け、真と麻魚の前で足を止める。
「お疲れ様。これ、飲みな」
 首にかけ腰の辺りの高さにある大きな鞄から、青い色をしたポーションを取り出し、麻魚に差し出す。
「いえ、大丈夫ですわ」
「好意はとっときな」
 キララは強引に麻魚の手に青ポーションを握らせ、最高級営業スマイルを浮かべる。
「真、あたしがあげたカタナ、役に立ったかい?」
 ニコニコと営業スマイルのまま下から覗き込まれる。
「え?」
 きょとんとして視線をキララから腰のファイヤカタナへ向ける。
「姉さ~ん!!」
 真が言葉を開きかけた瞬間、縁を肩に乗せたまま、キラリは瞳の据わった目でキララを見下ろしていた。
「やっぱり何か知ってたわね!!」
「あ~……」
 その状態のまま、ちょこまかと逃げるキララを追いかけるキラリの動きが悪夢でも見せているかのように、肩の上の縁は唸り声を上げていた。
 その光景に真と麻魚は顔をみあわせて、くすっと笑いあった。